「好き」の追求
お久しぶりです。このところ、ブログを更新するより忙しかったのです。研究室の追いコンの準備に始まり、帰ってくるなり東北関東大震災の影響がいろいろな所に出てきて、情報を収集するので手一杯な状況でした。
本当に、地震で被害にあった方々には心からご家族の無事、また一刻も早い生活環境の復帰を願うばかりです。遠方であり、まだ現地がプロ集団以外入れない状態であると聞いては、今出来る事をしっかりやることが全てであります。
さて、実は先週日本生態学会におじゃましていました。目的は他にあったのですが、ついでにいつもお世話になっているリバネスの丸さんが講演されるということで、話を聞いてきました。シンポジウム自体の正確なタイトルは忘れたのですが、確か「若手キャリアセミナー」とかだったと思います。
リバネスに関わってそろそろ2年がこようとしている僕にとっては、丸さんが講演するのはどのようなフィールドであるか、しかも「若手」と付けば他にどういう人達が話しをしに来るのか、大体分かってしまうようになっていました。今回もその当たりは大体あっていました。博士を取得していながらも大学や研究機関に残って研究を続けるのではなく、その思考能力の深さや情報収集能力など、研究をすすめるに当たって培った力を違う分野で発揮されている方々のお話でした。
具体的な部分については割愛しますが、どの方も口をそろえておっしゃっていたのが「次はどこで何をやっているかはわかりません。ただ、自分の好きなことをやっているだけです。」という趣旨のお言葉でした。なんというか、「研究」というとことん探求を続けてきた人だからこそ言えることですよね。
ちなみにこのシンポジウムでは、博士を取得したあとのキャリアについて、企業や大学側の意見、当事者である若手研究者に対するアンケートも公表されていました。
話は少し変わって、その学会に高校の同級生が参加していました。この話をあまり細かくすると個人が特定されてしまうので、詳細な部分は避けますが、今回のブログ記事のタイトルにもあるとおり「好き」の探求の凄さを感じたのです。
ある小動物(昆虫?)の研究をしているのですが、とことんはまり込んでいるようなんです。研究自体続けたいという話を聞いていたのですが、実はそれだけではなく、研究室外での活動もかなり盛んだといいます。他の研究室でゼミをやったり、分野的には殆ど関係ないところで講演をするようになったりと、探求の結果いろいろなところから声がかかっているといいます。
先の話とも通じますが、「好き」の探求(=ドクター気質)は、活動の形をいろいろに変えても、活躍はできるんだなと感じました。ただただ、その根幹には「好き」があるだけなのですが、しっかりとした軸が貫かれていてスペシャリストとしての風格が備わってくるんだなと思います。
もちろん、ドクター気質というのは他にも「独特の趣向がある」「発想が普通の人と違う」などもありますが、この2つの話からわかるのは「好き」であることの重要性でした。「好き」であることを追求することが、結果として周りの人達を巻き込み、アウトリーチ的な活動もいつのまにかこなしていることになるのです。
僕自身は、今すぐにドクターに行くとは明言しませんが、彼らに比べると「好き」は少し弱いのか、あるいはまだまだ掘り下げられる段階なのかなと感じました。若干、アウトリーチ的な部分をメインにしてしまっている自分が、少し空虚であるようにも感じました。まだまだやらなきゃいけないことはたくさんありますね。
本当に、地震で被害にあった方々には心からご家族の無事、また一刻も早い生活環境の復帰を願うばかりです。遠方であり、まだ現地がプロ集団以外入れない状態であると聞いては、今出来る事をしっかりやることが全てであります。
さて、実は先週日本生態学会におじゃましていました。目的は他にあったのですが、ついでにいつもお世話になっているリバネスの丸さんが講演されるということで、話を聞いてきました。シンポジウム自体の正確なタイトルは忘れたのですが、確か「若手キャリアセミナー」とかだったと思います。
リバネスに関わってそろそろ2年がこようとしている僕にとっては、丸さんが講演するのはどのようなフィールドであるか、しかも「若手」と付けば他にどういう人達が話しをしに来るのか、大体分かってしまうようになっていました。今回もその当たりは大体あっていました。博士を取得していながらも大学や研究機関に残って研究を続けるのではなく、その思考能力の深さや情報収集能力など、研究をすすめるに当たって培った力を違う分野で発揮されている方々のお話でした。
具体的な部分については割愛しますが、どの方も口をそろえておっしゃっていたのが「次はどこで何をやっているかはわかりません。ただ、自分の好きなことをやっているだけです。」という趣旨のお言葉でした。なんというか、「研究」というとことん探求を続けてきた人だからこそ言えることですよね。
ちなみにこのシンポジウムでは、博士を取得したあとのキャリアについて、企業や大学側の意見、当事者である若手研究者に対するアンケートも公表されていました。
話は少し変わって、その学会に高校の同級生が参加していました。この話をあまり細かくすると個人が特定されてしまうので、詳細な部分は避けますが、今回のブログ記事のタイトルにもあるとおり「好き」の探求の凄さを感じたのです。
ある小動物(昆虫?)の研究をしているのですが、とことんはまり込んでいるようなんです。研究自体続けたいという話を聞いていたのですが、実はそれだけではなく、研究室外での活動もかなり盛んだといいます。他の研究室でゼミをやったり、分野的には殆ど関係ないところで講演をするようになったりと、探求の結果いろいろなところから声がかかっているといいます。
先の話とも通じますが、「好き」の探求(=ドクター気質)は、活動の形をいろいろに変えても、活躍はできるんだなと感じました。ただただ、その根幹には「好き」があるだけなのですが、しっかりとした軸が貫かれていてスペシャリストとしての風格が備わってくるんだなと思います。
もちろん、ドクター気質というのは他にも「独特の趣向がある」「発想が普通の人と違う」などもありますが、この2つの話からわかるのは「好き」であることの重要性でした。「好き」であることを追求することが、結果として周りの人達を巻き込み、アウトリーチ的な活動もいつのまにかこなしていることになるのです。
僕自身は、今すぐにドクターに行くとは明言しませんが、彼らに比べると「好き」は少し弱いのか、あるいはまだまだ掘り下げられる段階なのかなと感じました。若干、アウトリーチ的な部分をメインにしてしまっている自分が、少し空虚であるようにも感じました。まだまだやらなきゃいけないことはたくさんありますね。
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