ゲームって教育的?
最近「 マインクラフト 」というゲームにハマっています。 僕がやっているのはスマホ版なので「マインクラフトPE」と呼ばれています。 家にゲームがない 僕の実家はよくある「ゲームがない」家だったので、 生まれてからずっと、ゲームがない環境で育ちました。 もちろん、友達の家に行って一緒にやったり、 友達がやっているのを横で見ていることはありました。 が、大学に入っても自分のゲーム機というものを買わず、 これまでほとんどゲームに触れずに生きてきました。 そんな僕が、瀬戸弘司さんの動画で「マインクラフト」を見つけて、 面白そうだなと思って始めたのが、3月の頭頃。 今ではどっぷり浸かっています。 寝ても覚めてもマインクラフト。 最近の寝不足はこれのせいではないかと思ってしまうほどハマっています。 ゲームというものをしっかりやってみて気づいたのですが、 「ゲームは教育的である」と。 問題解決型である ゲームというのは、ある程度の設定があります。 自分が操作する主人公、あるいはプレイヤーと呼ばれる人物の置かれている状況、 ゲームの正解の中でできること、できないこと。 そして、ゲームにはゴールがあります。 達成すべき課題が与えられているのです。 ゲームに取り組む人は、 ・限られた条件の中で、 ・設定されたゴールにたどり着く ことが求められています。 これって、実社会や、社会にでるための準備をしている 学校教育でも同じことが言えるのではないでしょうか? 例えば実社会では、 ・会社という限られたブランド、限られた資産の中で、 ・業績向上などのかせられた課題に取り組む ことが求められており、 例えば学校教育では、 ・決められた公式や、習った知識の中で、 ・問題に対する答えを導き出す ことが求められています。 これって、ゲームの中でも同じことが起こってますよね? 「ゴールに辿り着くまでに何をしたらいいのか?」 を、考えているのです。 身に付けるまでの過程は別 もちろん、ゲームには攻略本というものがあり、 自分で解放を導き出さないで、ただこなしているだけになってしまう時もありますよね? それでも、「解法の道筋をたどる」ことは非常に重要で、 人の解法をたどると同時に、自分の頭で解法を構築するプロセスがあります。 仕事、勉強も同じですね。 これまでの先駆者、先輩、先生がやってきたやりかたを、まず